駿府城巽櫓を巡ってみました

静岡まつりの会場内を散策する企画。
第一弾は、駿府城巽櫓です。

案内役は、「りこちゃん」と「ここちゃん」、それに駿府の竹千代くんです。
ちなみに、モノクロの着物が「りこちゃん」、黒の花柄が「ここちゃん」です。

東御門の橋を渡ります。
巽櫓は、駿府城二の丸の東南に設けられた2重3階の隅櫓です。
駿府城には二の丸の四隅にそれぞれ隅櫓があったそうですが、そのうち十二支であらわした巽(辰巳)の方角に位置することから「巽櫓」と呼ばれました。

隣接する東御門と同様に、1635年(寛永12年)に焼失し、1638年(寛永15年)に再建されましたが、幕末近くの1854年(嘉永7年)に起きた安政大地震(安政東海地震)によって全壊してしまったと考えられています。
1989年(平成元年)に復元され、現在は資料館として公開されています。

東御門入ってすぐの家康像

 

駿府ウェーブの人に家康像の説明受けてます。

 

スペイン国王からの時計(レプリカ)

久能山東照宮には、慶長16年(1611)スペイン国王フェリペ3世から海難救助のお礼として徳川家康公に贈られた洋時計が神宝として残されています。元和2年(1616)に家康公が薨去の後、久能山東照宮に納められ、大切に保管されてきました。後に家康公の愛用した手沢品のひとつとして、国の重要文化財に指定されています。

東御門からの攻撃(鉄砲と落石)の様子

 

駿府城のジオラマ

 

駿府城模型

 

イギリスからもらった金の望遠鏡(レプリカ)

 

薩摩土手の説明

 

薩摩土手とは、甲斐の武田信玄が築堤した「信玄堤」の方法を真似たもので、強い川の流れに逆らうことなく、幾つもの枝となる堤を造りました。その形が、雁(がん)が夜空を飛んでいる形に似ているため「雁行性(がんこうせい)堰堤(えんてい)」と呼ばれました。

薩摩土手の大工事は、慶長11年(1606)ころから家康公は駿府城拡張工事にともない、全国の諸大名を動員し「天下普請」(公共事業)として工事に参加させた。中でも薩摩の島津(しまづ)忠(ただ)恒(つね)は、500石積みの船150艘に石や材木を積んで参加しという。その材料で築かれたのが駿府城の外郭を守る薩摩土手です。

城下町のジオラマ

 

東御門から巽櫓

 

臨在寺にある竹千代の勉強部屋

 

勉強部屋内部

 

東御門の内側で

臨在寺の写真の前で

東御門から出てきました。

 

第63回静岡まつりポスター


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